念願の富士登山 ― 2010/07/28 07:50
7月26、27日の2日間かけて、富士山に登った。
実を言うと富士山には、小学校4年の夏休みに、喜寿の祖父に率いられて父や兄と4名で登った。夕方麓の1合目から登り始めて徹夜で登り詰めて頂上で御来光を仰ぐ、そんな登山であったが、私は父や祖父が心配して8合目の小屋に置いてきぼりにされた。満天の星と麓の街の灯の間を、運動靴のゴム底から伝わってくる冷気に耐えながら、ふらふらと登った記憶が甦る。
そんな富士山、今年1~2月富士山麓の現場に詰めていたことから四六時中富士山を眺めていたこともあり、還暦・定年記念登山を思い立った。
コースは昔と同じ須走り口登山道、娘も同行するということで、本8合のトモエ館に予約を入れての富士登山。
7月26日
08:20 須走り口登山口手前の道路脇に駐車し出発
08:30 須走り口登山口
08:35 古御嶽神社
09:38 六合目長田山荘
10:20 本六合目瀬戸館
11:36 七合目太陽館
12:15 本七合目見晴館 標高3200m
12:48 下江戸屋分岐
13:14 本八合目トモエ館着 標高3400m 泊
7月27日
00:30 本八合目トモエ館発
01:04 御来光館
01:25 富士山頂
04:46 富士山頂にて御来光
05:00~06:55 お鉢めぐり (5:50 剣ヶ峰 3776m)
07:10~07:40 本八合目トモエ館
09:10 須走り口登山口
実を言うと富士山には、小学校4年の夏休みに、喜寿の祖父に率いられて父や兄と4名で登った。夕方麓の1合目から登り始めて徹夜で登り詰めて頂上で御来光を仰ぐ、そんな登山であったが、私は父や祖父が心配して8合目の小屋に置いてきぼりにされた。満天の星と麓の街の灯の間を、運動靴のゴム底から伝わってくる冷気に耐えながら、ふらふらと登った記憶が甦る。
そんな富士山、今年1~2月富士山麓の現場に詰めていたことから四六時中富士山を眺めていたこともあり、還暦・定年記念登山を思い立った。
コースは昔と同じ須走り口登山道、娘も同行するということで、本8合のトモエ館に予約を入れての富士登山。
7月26日
08:20 須走り口登山口手前の道路脇に駐車し出発
08:30 須走り口登山口
08:35 古御嶽神社
09:38 六合目長田山荘
10:20 本六合目瀬戸館
11:36 七合目太陽館
12:15 本七合目見晴館 標高3200m
12:48 下江戸屋分岐
13:14 本八合目トモエ館着 標高3400m 泊
7月27日
00:30 本八合目トモエ館発
01:04 御来光館
01:25 富士山頂
04:46 富士山頂にて御来光
05:00~06:55 お鉢めぐり (5:50 剣ヶ峰 3776m)
07:10~07:40 本八合目トモエ館
09:10 須走り口登山口
和名倉山 ― 2010/05/03 11:21
30日は将監小屋を早朝に出発、今度は和名倉山を往復し、車に戻って丹波山荘に泊まった。
和名倉山、秩父湖から雁坂峠の間にどっしりと座る塊のような山で、唐松尾山への分岐から延々と穏やかな上下の道を歩かねばならない。
しかしながら、天気に恵まれ、左右に広がる展望を満喫する爽快な道行であった。途中岩場や深い森林もあって変化に富み、楽しめた。
登る人などそういないだろうと考えていたがなかなかの人気?10数パーティーに会ったように思う。
和名倉山への分岐に入ってまもなく、熊の新しい足跡を見つけた、鹿や小さな4つ足もたくさん、さすがに奥秩父、獣の王国である。
気をつけねばならないのが和名倉山山頂周り、迷いやすい。
何故か大きく弧を描いて山頂に辿り着くが、あまりになだらかかつ木立の中で、登りきった感慨が湧かない。おまけに下りはいつの間にか秩父湖に抜ける180°反対の道に入ってしまった。10分ほど歩いたところでGPSコンパスで確認して気付いたから良かったものの、秩父湖に出たら予約していた丹波山荘に泊まれなくなるところだった。
05:40 将監小屋
06:00 唐松尾山・和名倉山分岐
10:15 和名倉山山頂
14:45 唐松尾山・和名倉山分岐
16:10 しゃくなげ荘駐車場
丹波山荘、料理がとても美味しかった。〆に出た手打ちそばはなかなかの味であった。
和名倉山、秩父湖から雁坂峠の間にどっしりと座る塊のような山で、唐松尾山への分岐から延々と穏やかな上下の道を歩かねばならない。
しかしながら、天気に恵まれ、左右に広がる展望を満喫する爽快な道行であった。途中岩場や深い森林もあって変化に富み、楽しめた。
登る人などそういないだろうと考えていたがなかなかの人気?10数パーティーに会ったように思う。
和名倉山への分岐に入ってまもなく、熊の新しい足跡を見つけた、鹿や小さな4つ足もたくさん、さすがに奥秩父、獣の王国である。
気をつけねばならないのが和名倉山山頂周り、迷いやすい。
何故か大きく弧を描いて山頂に辿り着くが、あまりになだらかかつ木立の中で、登りきった感慨が湧かない。おまけに下りはいつの間にか秩父湖に抜ける180°反対の道に入ってしまった。10分ほど歩いたところでGPSコンパスで確認して気付いたから良かったものの、秩父湖に出たら予約していた丹波山荘に泊まれなくなるところだった。
05:40 将監小屋
06:00 唐松尾山・和名倉山分岐
10:15 和名倉山山頂
14:45 唐松尾山・和名倉山分岐
16:10 しゃくなげ荘駐車場
丹波山荘、料理がとても美味しかった。〆に出た手打ちそばはなかなかの味であった。
二子山遠望 ― 2009/11/07 10:45
実は、11月2日には、二子山に登る予定であった。
神流川から八丁峠を経て二子山登山口まで入ったのだが、その頃から霧と雨が本格化してきた。
二子山は知る人ぞ知る岩峰、ホールドには困らないとか聞くが、雨に打たれた岩は滑りやすい、視界もきかず位地が判りづらい。これでは眺望も望めず、下手をすると滑落しかねないと皆で判断、又の機会にすることにした。
翌日の、晴天の元に遠望する二子山は、我々を誘って止まない。
神流川から八丁峠を経て二子山登山口まで入ったのだが、その頃から霧と雨が本格化してきた。
二子山は知る人ぞ知る岩峰、ホールドには困らないとか聞くが、雨に打たれた岩は滑りやすい、視界もきかず位地が判りづらい。これでは眺望も望めず、下手をすると滑落しかねないと皆で判断、又の機会にすることにした。
翌日の、晴天の元に遠望する二子山は、我々を誘って止まない。
麓で出会った子イノシシ ― 2009/11/07 10:17
車を置いて天丸橋に向かって歩き始めて間もなく、可愛い子イノシシと遭遇した。
我々の先に道に沿って走ってから、数m離れたあたりでしばらくじっとしている、しっかり写真を撮らせてもらった。
11月15日から狩猟解禁と聞いた、写真を撮られるくらいだから警戒心も薄く、まっさきに狩られそう。
昨晩すりばち荘で、舌鼓を打ったぼたん鍋が頭を過ぎった。
我々の先に道に沿って走ってから、数m離れたあたりでしばらくじっとしている、しっかり写真を撮らせてもらった。
11月15日から狩猟解禁と聞いた、写真を撮られるくらいだから警戒心も薄く、まっさきに狩られそう。
昨晩すりばち荘で、舌鼓を打ったぼたん鍋が頭を過ぎった。
帳付山への道 ― 2009/11/07 09:59
それとは対照的な帳付山への道、
岩峰をまく急峻な斜面をトラバースし、岩をよじ登り、痩せ尾根を渡って、雪を纏った尾根沿いをたどらねばならない。
踏み分け道に近く至る所でルートファインディング、あちこちに断崖が切れていてまるでブービートラップ、滑ったり転んだり踏み外したりすると大怪我は免れない。
途中一度だけ、朝早くに登り始めたという単独行のベテランと会ったが、踏まれたばかりの熊の足跡があったとか。
岩峰をまく急峻な斜面をトラバースし、岩をよじ登り、痩せ尾根を渡って、雪を纏った尾根沿いをたどらねばならない。
踏み分け道に近く至る所でルートファインディング、あちこちに断崖が切れていてまるでブービートラップ、滑ったり転んだり踏み外したりすると大怪我は免れない。
途中一度だけ、朝早くに登り始めたという単独行のベテランと会ったが、踏まれたばかりの熊の足跡があったとか。
丹沢雨山峠から鍋割山 ― 2009/10/18 06:20
昨日急に思い立って、丹沢に登ってきた。
家を出るのが遅かったので、気になっていた近い鍋割山を選び、やどりき水源林のための駐車場脇に車を置かせてもらって鍋割山を一周した。
09:30 駐車場出発
11:00 雨山峠
11:50 鍋割峠
12:10 鍋割山山頂 1272.5m
12:45 後沢乗越
13:05 栗ノ木洞 908.3m
13:35 櫟山を経て林道
14:15 駐車場帰着
晴天を期待したのだがあいにく曇り空、それでも何とか遠くの山まで看ることが出来、色付き始めた秋山を堪能することが出来た。
道は過剰なくらいよく整備されていて、鍋割山から先は、上り下りの登山者も多かった。
特筆すべきは雨山峠への詰めと、雨山峠から鍋割山にかけての稜線。
雨山峠への詰めでは、胡麻塩花崗岩が沢でえぐられたU字回廊を登る登山道となっていた。
また、雨山峠から鍋割山にかけては痩せ尾根が続き、何カ所か岩場もあって楽しませてくれた。踏み跡はあるもののもう秋、落ち葉ですっかり覆われていて、幾重にも重なる山々、深山幽谷の奥深い山峡に、心身が洗われた。
家を出るのが遅かったので、気になっていた近い鍋割山を選び、やどりき水源林のための駐車場脇に車を置かせてもらって鍋割山を一周した。
09:30 駐車場出発
11:00 雨山峠
11:50 鍋割峠
12:10 鍋割山山頂 1272.5m
12:45 後沢乗越
13:05 栗ノ木洞 908.3m
13:35 櫟山を経て林道
14:15 駐車場帰着
晴天を期待したのだがあいにく曇り空、それでも何とか遠くの山まで看ることが出来、色付き始めた秋山を堪能することが出来た。
道は過剰なくらいよく整備されていて、鍋割山から先は、上り下りの登山者も多かった。
特筆すべきは雨山峠への詰めと、雨山峠から鍋割山にかけての稜線。
雨山峠への詰めでは、胡麻塩花崗岩が沢でえぐられたU字回廊を登る登山道となっていた。
また、雨山峠から鍋割山にかけては痩せ尾根が続き、何カ所か岩場もあって楽しませてくれた。踏み跡はあるもののもう秋、落ち葉ですっかり覆われていて、幾重にも重なる山々、深山幽谷の奥深い山峡に、心身が洗われた。
富士山初冠雪 ― 2009/10/09 22:16
たまたま台風が来る前後、富士山の裾野、かなり上の方の現場に出張していた。
台風上陸前日7日の午後、そこのお客さんから「富士山、初冠雪してるよ」と声をかけられた。
「えー、本当ですか?」と外に出て眺めてみると、台風に向かって流れる雲がたまたま遠去り、すくっと秀麗富士が姿を現している、そして雪をいただいている。
あわててカメラを持って戻り、シャッターを押した。
そのすぐ後、富士山は流れてくる雲に隠れてしまった。
夜のTVで、確かに富士山初冠雪のニュースが流れた。
翌日、雪はさっさと姿を消した。
もう秋、そして冬。山は紅葉が始まる。
台風上陸前日7日の午後、そこのお客さんから「富士山、初冠雪してるよ」と声をかけられた。
「えー、本当ですか?」と外に出て眺めてみると、台風に向かって流れる雲がたまたま遠去り、すくっと秀麗富士が姿を現している、そして雪をいただいている。
あわててカメラを持って戻り、シャッターを押した。
そのすぐ後、富士山は流れてくる雲に隠れてしまった。
夜のTVで、確かに富士山初冠雪のニュースが流れた。
翌日、雪はさっさと姿を消した。
もう秋、そして冬。山は紅葉が始まる。
沢に迷い込んでしまった行者小屋への道 ― 2009/08/09 14:32
美濃戸口の赤岳小屋駐車場から行者小屋まで、2時間かかってしまった。実は、恥ずかしながら、沢に迷い込んでしまったためである。
行者小屋までの道はそこそこ広くしっかりしている。それなのに迷い込んでしまったのは、朝早い暗い中ヘッドランプを頼りの道行きであったこと、何回か沢とクロスしていること、その2つの理由による。
この道は、すいぶん大勢の登山者がいるはずであるが、沢には一つも橋が無い。沢を渡る度に道を探さねばならなかったし、のっけから渡渉があるので登山靴の中は水浸しになってしまった。
2つほどパーティーを抜いたところで、「迷込が発生しています、黄色いテープが目印です」という看板を見た。そのすぐ後あたりだったと思う、いつの間にか、か細い踏み跡しか無くなっている。
地図を見ると、登山道は行者小屋の近くまで沢沿いに続いているので、そのうち又登山道に出るだろうとそのまま先に進んでゆく事にした。すると、かなり経ったところで、写真左の滝に出てしまった。「これは高巻くしかない」と、か細い踏み跡を頼りに上方に道を取った。それが良かった、道に戻ることができた。
獣道では無く、踏み跡がそこそこあるというのは、案外と私のような沢に迷い込む登山者が多いためであろう。原生林の、倒木が幾重にも重なり苔生した森林の中は、人が簡単に通れるものでは無い。
帰りに通った赤岳鉱泉から美濃戸口への道は、格段に整備されていて、写真右のように立派である、これはこれで面白味に欠けるのだが。
行者小屋までの道はそこそこ広くしっかりしている。それなのに迷い込んでしまったのは、朝早い暗い中ヘッドランプを頼りの道行きであったこと、何回か沢とクロスしていること、その2つの理由による。
この道は、すいぶん大勢の登山者がいるはずであるが、沢には一つも橋が無い。沢を渡る度に道を探さねばならなかったし、のっけから渡渉があるので登山靴の中は水浸しになってしまった。
2つほどパーティーを抜いたところで、「迷込が発生しています、黄色いテープが目印です」という看板を見た。そのすぐ後あたりだったと思う、いつの間にか、か細い踏み跡しか無くなっている。
地図を見ると、登山道は行者小屋の近くまで沢沿いに続いているので、そのうち又登山道に出るだろうとそのまま先に進んでゆく事にした。すると、かなり経ったところで、写真左の滝に出てしまった。「これは高巻くしかない」と、か細い踏み跡を頼りに上方に道を取った。それが良かった、道に戻ることができた。
獣道では無く、踏み跡がそこそこあるというのは、案外と私のような沢に迷い込む登山者が多いためであろう。原生林の、倒木が幾重にも重なり苔生した森林の中は、人が簡単に通れるものでは無い。
帰りに通った赤岳鉱泉から美濃戸口への道は、格段に整備されていて、写真右のように立派である、これはこれで面白味に欠けるのだが。
山に登らずに帰る判断 ― 2009/07/28 06:47
今週は一週間会社の夏休み、けれど家に居る。
実は、今日は穂高岳山荘のテント場で朝を迎えている計画であった。
上の雑な絵は、7月26日の夕刻、中央高速から見た積乱雲、山々に覆い被さるように至る所雲が湧き起こり、頂部は上空の流れに乱されて平たく崩れている。それほどまで高く発達する雷雲に、一抹の不安を感じていた。
上高地釜トンネル入り口のゲートには、脇に人の通る隙間があることを確かめて、20時過ぎに、焼岳新中の湯ルート登山口駐車場(中の湯温泉旅館の上、10号カーブと11号カーブの丁度中間あたり)に着いた。計画では、ここで仮寝して朝4時前に出発、ゲートが開く5時前に、大正池まで歩いてしまう予定であった。
ところが、雨が激しく降ったり小降りになったりで、とても延々と歩けるような状況では無い。また、穂高の岩場を雨の中登る自信も無い。そもそも、今回の山行きは、青い空に聳える穂高岳をひたすら目指し大正池から延々と上り詰めようという、15年ほど前に抱いた夢の実行であるはずのものであった。そこで、夜中の2時半に「今回は穂高はやらない」と決断した。
代わりに、天候の回復を待って、深田久弥氏の百名山の一つに挙げられている笠ヶ岳2898mをやることにした。雨で危険度を増す岩場も無く、新穂高温泉手前の大きな無料駐車場から笠新道経由で行けば、前夜発一泊二日に丁度良いスケールでもある。そんな理由からだった。
3時半に無料駐車場に着いたが、雨の激しさは増すばかりで霧も出てきた。発達した積乱雲のイメージも覆いかぶさり、視界の得られぬ雨中登山はリスクに合わないと判断、4時過ぎそこを出発して帰路に着いた。
帰路では、ずいぶん天気が良く、後ろ髪を引かれる思いであった。
家に着き、インターネットで長野県内のあちこちに雷、豪雨、洪水などの注意報が出ていることを知った、また、28日上高地は、晴れの予想が雨に変わっていることも確認した。
はるばる片道300km近いドライブをして、山に登らず何もせず帰ってきた判断は、間違ってはいなかったと考える。
3人の山仲間に同行者を募ったが、日程が合わなかったために単独行となってしまった。そのため、自分だけの考えで止めることができた。同行者がいれば、「全く何もしないで戻る」という判断は、なかなか出来なかったかも知れない。
実は、今日は穂高岳山荘のテント場で朝を迎えている計画であった。
上の雑な絵は、7月26日の夕刻、中央高速から見た積乱雲、山々に覆い被さるように至る所雲が湧き起こり、頂部は上空の流れに乱されて平たく崩れている。それほどまで高く発達する雷雲に、一抹の不安を感じていた。
上高地釜トンネル入り口のゲートには、脇に人の通る隙間があることを確かめて、20時過ぎに、焼岳新中の湯ルート登山口駐車場(中の湯温泉旅館の上、10号カーブと11号カーブの丁度中間あたり)に着いた。計画では、ここで仮寝して朝4時前に出発、ゲートが開く5時前に、大正池まで歩いてしまう予定であった。
ところが、雨が激しく降ったり小降りになったりで、とても延々と歩けるような状況では無い。また、穂高の岩場を雨の中登る自信も無い。そもそも、今回の山行きは、青い空に聳える穂高岳をひたすら目指し大正池から延々と上り詰めようという、15年ほど前に抱いた夢の実行であるはずのものであった。そこで、夜中の2時半に「今回は穂高はやらない」と決断した。
代わりに、天候の回復を待って、深田久弥氏の百名山の一つに挙げられている笠ヶ岳2898mをやることにした。雨で危険度を増す岩場も無く、新穂高温泉手前の大きな無料駐車場から笠新道経由で行けば、前夜発一泊二日に丁度良いスケールでもある。そんな理由からだった。
3時半に無料駐車場に着いたが、雨の激しさは増すばかりで霧も出てきた。発達した積乱雲のイメージも覆いかぶさり、視界の得られぬ雨中登山はリスクに合わないと判断、4時過ぎそこを出発して帰路に着いた。
帰路では、ずいぶん天気が良く、後ろ髪を引かれる思いであった。
家に着き、インターネットで長野県内のあちこちに雷、豪雨、洪水などの注意報が出ていることを知った、また、28日上高地は、晴れの予想が雨に変わっていることも確認した。
はるばる片道300km近いドライブをして、山に登らず何もせず帰ってきた判断は、間違ってはいなかったと考える。
3人の山仲間に同行者を募ったが、日程が合わなかったために単独行となってしまった。そのため、自分だけの考えで止めることができた。同行者がいれば、「全く何もしないで戻る」という判断は、なかなか出来なかったかも知れない。
麻生首相の大罪 ― 2009/08/23 07:23
ところで、実際の国政はどうか。財政再建をマニフェストに掲げて選挙に圧勝した小泉総裁率いる自民が政権を取った。それ以来、長々と自民党政権が続いている。総裁はバンバン代替わりし、今は麻生総裁=首相である。
この、麻生首相になって、異変が起こった。財政再建をマニフェストに掲げた政党が、何と国の資産を大盤振る舞いしてしまったのだ。自民党にとって、国民への財政再建の約束はどうなってしまったのか、まるっきり逆、とんでもない約束破りである。
確かに「景気が悪化した、そのために財政再建から方針転換が必要」それなら、議会を解散し、景気対策というマニフェストのもとに総選挙を行い、国民に問えば済んだ話である。それを選挙に負ける可能性があるからといって行わないという判断は、間違っている。
クラウンを買う人間にも税金の補助を付けるような大盤振る舞い、何を考えているのだろうか。
自分の希望する政治を実現しようとする政党に票を入れる、それが、これまで延々と積み上げられてきた現政治制度の形、政党政治であり、国民の政治へ関わる方法である。それが、真逆の政策をされてしまった。
国民主権、そのための選挙制度、議会制度ではないか。麻生首相は、政党政治をないがしろにしてしまった。この罪は大きすぎるとしか言いようがない。
来週30日には、 「待ちに待った」 衆議院選挙日である。財政再建というので選ばれたにもかかわらず、湯水のごとく税金を使いまくった、そんな自民党に投票する人がいれば、たいしたものである。
自民党衆議院議員には、妻の親戚もいるが、麻生総裁を選んだ罪はかぶらねばならない。選挙惨敗の鉄槌が自民党に下っても、あたりまえである。
by Tom [言] [人] [コメント(0)|トラックバック(0)]