タバコの嫌いな訳 ― 2006/10/28 13:19
そういえば、朝の散歩で長良川からの帰り道、車の行き交う道路脇に、可愛らしい小さな藤色の花を見つけた。近づいて見ると、せっかくの野の花の脇に、タバコの吸い殻が沢山転がっている。
そんな場所でタバコを何本も吸う人が居るはずもなく、渋滞しがちなことから、おそらく車から灰皿の吸殻を捨てたのだろう。
道を歩いていると、車を停めて灰皿の中身をひっくり返す光景を何度か見たことがある。当然、何本もの吸殻が道にばらまかれる。とても嫌な風景、世間には、安易にタバコを捨てる人がずいぶん沢山居るのだろう。この時ばかりは「タバコなんて無くなってしまえ」と思ってしまう。
自分に関係の無い場所だからといって捨てるのだろうが、道端に捨てないで始末するのに比べ、掃除の負担は何倍にも増える。それどころか火事の心配まである、とんでもないことだ。
昔のヨーロッパも道はゴミ捨て場であったと言う。今でも多くの国で、道はゴミ捨て場になっている。勿論かの大国も、私の知る限りではそうであった。次のオリンピックまでに、そんな風潮は無くなっているのだろうか。
道にゴミを捨てる人が居なくなれば世の中も進歩したと思えるのだが、これからの日本はどうなのだろうか。
挨拶の街 ― 2006/10/28 12:59
岐阜の関市に出張した朝、散歩に、デジカメ片手に近くの長良川まで足を伸ばしてみた。すると、道すがらすれ違う人々、朝練の中学生や幼子と散歩のお母さんから挨拶される。
こちらはそんなことに慣れないものだから遅れてしまって、うまく返せず、せいぜい会釈をするのがやっとだった。
そういえば、最近泊まった土肥温泉でも、朝の散歩で、行き交う全員から挨拶された。わたしの街でも、朝の散歩やジョギングなどに挨拶されることがある。挨拶を交わすと、なんだかとても有意義な時間を過ごした気になって、良い。
最近は物騒なのだろうけど、挨拶はもっともっといろんな街に広がって欲しいと思う。
by Tom [言] [人] [コメント(0)|トラックバック(0)]